*** 猿が京温泉 ***
(2月09日)

群馬県の女性起業家支援イベントに招んでいただき、せっかくの機会とばかりに、前日は温泉に行くこととなった。

温泉のガイドは、「群馬県では朝日新聞と発行部数が同じ」フリーマガジン「パリッツュ」を発行しているパリッシュ出版社長の土屋和子さんとスタッフのSさんとTさん、同じく群馬でデザイン会社アクロスを経営している武さん。
東京から新幹線で約1時間。上毛高原駅から武さんの車で30分も走ったろうか、立派な温泉ホテルに到着した。
到着するなり武さんが「いやー、ここのおかみは多彩でねえ」と解説してくれたことによれば、
1)もともと大学で与謝野晶子を卒論にしたため文学には造詣が深く「文学館」までつくってしまった。
2)趣味の津軽三味線は、高橋竹山に師事していた。
3)食べ物にはとてもこだわり、旅館で名物の豆腐は、自分で有機栽培の大豆を育てている。
4)陶芸にも詳しく、ホテルの前には体験陶芸ができる教室もあるほか、館内にはマニアが驚くほどのコレクションがある。
5)「この地方の民話を残さなくてはいけない」と考え、ばーさまたちに民話を語ってもらって、録画した。それによって、多くの昔語りが残され、無名のばーさまたちがスポットライトを浴びることができた(もうみんな亡くなっている)

その昔、手が白い子猿が発見したという民話がある「猿が京温泉」。
夜になるとこの民話を」はじめ多くの民話のなかからいくつかを選りすぐって、おかみさんが方言豊かに語る、囲炉裏端でのイベントがある。
この晩は、小田原から着たというおばあちゃんたちを交えて、4、50名がおかみさんの話を聞いた。
紅色の作務衣姿で、静かに語るおかみさんは、とても60歳を越えているとは思えないほど若々しく、お肌もつやつやで皺ひとつない。
民話もさることながら、あまりの美貌に見入ってしまい、猿が京温泉の効果に期待した。

というのも、この朝私は突然、顔中にできものができてしまったのだった。
原因不明。あわてて近所の皮膚科にかけこんだが「飲み薬と塗り薬をあげるから、1週間ほど様子を見てね」と言われ、頼りのつなの薬といっもそうそう効くとは思えないほど赤く腫れてしまっていた。
くしくもこの温泉はジンマシンにも効くという。そのうえ、ここのところPCに向かいっぱなしだったので、眼も腫れるし、肩も凝るしで、文字どおり「静養」を期待して(かなり大きな期待をして)行った。

そんなわけで期待の温泉。
高い天井の檜造りのおお風呂は、室内にも露天を思わせる石づくりのお湯がある。
そこで滝のように上から湯が落ちる「打たせ湯」で、いきなり肩こりマッサージ。極楽、極楽。
室内にはぬるめのお湯と、熱めのお湯がある。
露天風呂は、春には桜、夏には藤の花が堪能できるそうだが、冬のなごり雪も風情がある。
カップルで行ったら別々になっちゃうのかなあ。やっぱり温泉は女どおしかなあと思いながら、のんびりと旅の垢ならぬ、渡世の垢を洗い流すひとときである。
脱衣部屋にある薬草「どくだみ茶」も、ほうじ茶のような味でおいしくいただき、温泉の効果のほどか、顔の湿疹も1日で赤みがひき、翌日には見違えるほど治ってきた。
やはり温泉の効用だろう。
地元の人たちは「日帰り温泉」ができるというが、まったくうらやましい次第だ。

ところで、ホテルご自慢の豆腐懐石は、胡麻豆腐、スモーク豆腐(まるでチーズみたい!)、豆乳から目の前で掬って食べる「引き上げ湯葉」など、ヘルシーだけれど手の混んだ品が並ぶ。
谷川岳・三国山を源とする清水と、地元特産の鶴の子大豆で、毎朝200丁も創るというお豆腐は、甘味があり、おしょうゆなどかけなくても味わえる。
座敷にちょこんんと座って、次々と運ばれてくるお料理に舌鼓を打つというのは、旅館ならでの贅沢である。

この夜、私たちは武さんの話をたくさん聞いた。聞いたはずなのだけれど、残念ながらほとんど覚えていない。お湯のなかでぽうっと流してしまったようです。ごめんなさい。
ただ、群馬にはやる気も能力もある人たちがたくさんいる、ということ。
「今日もね、依頼があった仕事に『おうっ、おもしろいっ! やろう、やろう!』って、休み返上で仕事してるんですよ。そんな若いやつらがいるんですよ」と熱弁を奮っていたことは覚えている。
東京では、少なくとも私が見える範囲では、ベンチャー企業を立ち上げたオーナーたちは夜昼なく仕事をしているけれど、一般的な若い人たちは「土日は休みであたりまえ、残業なんて手当てがつかなければやりたくない」という考え方になってしまっている。一方では、不況だのなんだので、やることやらずにめげてる人も少なくない。
「給料なんかじゃないんだよ。仕事がおもしろくてしょうがないんだよ」と、(半分酔っ払っていたものの)熱く語る武さんを見ていると、私もがんばらなくちゃな、と思う。

酔っ払いの武さんを残し、深夜にまた温泉に入る。
今度はパリッシュ出版のSさんと、おんなふたり。
翌日の講演を控えて、リハーサルになるような「女性と仕事」の話をひとしきりしたあと、Sさんの話を聞いて、私はほんとうに、心底関心してしまった。
最初、ブライダル業界にバイトで入り、パートになり、社員になった21歳のときには部下30名を取りしきる支店長をまかされたという。
そのあと旅行業界に勤め、アシスタントとはいえ添乗員として300名も引率した経験があるそうだ。
21歳で支店長になったときは、自分よりも年上で、しかも仕事のキャリアがあるおばさんたちが何名もいて、いろいろ嫌なこともあったらしい。
「そのときは、体重が38キロになっちゃったんですよー」と、さりげなく言ってのける。
パリッシュ出版も、いまでこそ、群馬で知らない人はいない知名度がある雑誌だが、「創刊当初は誰も知らなくて、営業に言っても見向きもされないって感じでしたからねえ」
そんな苦労を、東京で、私も周囲ではいったい何人がやってくれるかなあ。
「でも、苦労したほうが、あとで思い出になるよね」と言ったら、
「そうですよね。確かに、いまよりもやりがいがあったかもしれない。いま入社する人たちはもう安定してますからね」
「そのころのことを知らないって、ある意味ではかわいそうかもしれないね」って、私も思った。
社長とか創業者とか、なんだかエラそうに見えるけれど、実はもっともっとエライ人たちがいると、私はいつも、常日頃思っている。社長なんか、金勘定さえすればいいのである。いい会社かどうかということは、社員がどんなにがんばっているか(営業利益に結びつくか)ということでしかなくて、がんばる社員がいっぱい仕事をこなせば、会社が悪くなりようがない。社員ががんばれば、社長だっていやおうもなくがんばるものなのだ。
社長がひとりでがんばっても会社はよくはならない。
「つらいことがあっても、途中で投げ出すのが嫌なんです」
Sさんはきっぱりと言うので、思わず、心のなかで拍手をしてしまった。
最近でも、仕事は深夜までおよぶことはしばしばあるという。
現在の仕事になって5年。
そろそろ仕事に自信がついて、脂がのり始める時期に入りつつあるときだと思う。
仕事ばかりが人生じゃないから、なにをやってもいいと思うけれど、
彼女のように「ここまでがんばったんだ!」と思える仕事をした人はすばらしいと思う。
そうしたすばらしい人材を集め、人望のもととなっている土屋さんもすばらしい。

すばらしいものや、すばらしい味や、すばらしい人に出会えることに感謝!


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